大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和47年(ネ)597号 判決 1973年3月22日

控訴人 笹川興産株式会社

右訴訟代理人弁護士 曽我乙彦

同 万代彰郎

控訴人 山本憲一

右訴訟代理人弁護士 樫本信雄

同 竹内敦男

控訴人 喜多実子

同 株式会社 基双

被控訴人 株式会社福徳相互銀行

右訴訟代理人弁護士 河合伸一

同 河合徹子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人笹川興産株式会社(以下笹川興産という)代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。(なお山本憲一、喜多実子、株式会社基双は、控訴を提起していないが、本件は固有必要的共同訴訟であるから、笹川興産の控訴により、当然控訴人の地位に立つ。)

当事者双方の主張、証拠の関係は次に付加するほかは、原判決事実摘示と同一(ただし、原判決四枚目表九行目の「同年一月一五日」を「同年一一月一五日」と訂正し、同四枚目裏九行目から一二行目を、「四、(1)本件土地について、控訴人(被告)喜多実子は昭和四三年一二月二四日控訴人(被告)山本憲一に対し、同日付金銭消費貸借の債務不履行を停止条件とし、賃料一カ月金一、〇〇〇円、存続期間満三年、賃借権譲渡及び転貸借は自由とする賃借権設定契約をなし、同月二七日別紙登記目録記載第一(1)の仮登記を経由した。(2)第一建物について、控訴人(被告)基双は昭和四三年一二月二四日控訴人山本憲一に対し、同日付金銭消費貸借の債務不履行を停止条件とし、賃料一カ月金七万円、存続期間満三年、賃借権譲渡及び転貸借は自由とする賃借権設定契約をなし、同月二七日別紙登記目録記載第二(1)の仮登記を経由した。(3)第二建物について、控訴人基双は昭和四四年二月二五日控訴人(被告)笹川興産に対し、同日付金銭消費貸借の債務不履行を停止条件とし、賃料一カ月金二万円、存続期間満三年、賃借権譲渡及び転貸借は自由とする賃借権設定契約をなし、同月二八日別紙登記目録記載第三の仮登記を経由した。(4)控訴人笹川興産は昭和四四年二月二五日控訴人山本憲一から、右(1)及び(2)の賃借権を譲受け、同月二六日別紙登記目録記載第一(2)及び第二(2)の各付記登記を経由した。」と改める。)であるから、これをここに引用する。

(控訴人山本憲一の答弁並びに主張)

一、原判決事実摘示請求原因(前示改めた部分を含む)一、四項の事実及び二項の事実中各根抵当権設定登記を経由していることは認めるが、同項中のその余の事実並びに三項の事実は否認する。

二、本件土地、建物に対する本件短期賃借権は、被控訴人の根抵当権を害するものではない。仮に本件短期賃借権の設定により本件各物件の競売価額が若干低下するとしても、民法三九五条但し書の損害を及ぼすとは、詐害的意図のもとに賃借権が設定された場合に限るものと解すべきであるところ、本件賃借権の設定は右のような意図のもとになされたものではない。

(控訴人笹川興産の主張)

昭和四八年一月当時の本件土地の価額は金五、〇〇〇万円を、本件建物の価額は金七、〇〇〇万円を下らないものであり、被控訴人が主張する本件根抵当権の被担保債権元本合計金五、九二四万七、六三〇円及び遅延損害金をはるかに上廻るものである。従って本件短期賃借権は被控訴人の根抵当権を害するものではない。

(証拠)<省略>

理由

一、原判決添付土地目録記載の土地(本件土地という)が控訴人喜多実子の所有であり、同建物目録記載の第一建物(第一建物という)及び同目録記載の第二建物(第二建物という)が控訴人株式会社基双(控訴人基双という)の所有であること、並びに前示請求原因四項の事実は、当事者間に争いがない。

二、<証拠>によると、次の事実が認められる。(1)控訴人基双は昭和四一年一〇月二二日訴外株式会社日本興業銀行から金五、〇〇〇万円を借受け、被控訴人は控訴人基双の委託(保証委託契約)を受けてその保証人となり、被控訴人が右保証債務を履行したときに取得する求償権を担保するため、同日控訴人喜多及び同基双は被控訴人に対し、その各所有の本件土地及び第一建物につき元本極度額金五、〇〇〇万円の根抵当権を設定し、大津地方法務局堅田出張所同年一〇月二八日受付第五〇四八号をもって根抵当権設定登記を経由した。その後昭和四四年一月一四日被控訴人は訴外銀行から請求を受け控訴人基双の訴外銀行に対する元本残金三、二〇〇万円、利息金七一万八、七七四円、損害金二万八、八五六円の合計金三、二七四万七、六三〇円の債務を保証人として弁済した。ところで、前示保証委託契約において、被控訴人が訴外銀行に対し弁済し、控訴人基双がその求償債務の履行を怠ったときは、被控訴人が代位弁済した日から弁済金額に対し日歩金四銭の割合による損害金を支払う旨約していた。よって被控訴人は控訴人基双に対し求償債権金三、二七四万七、六三〇円及びこれに対する昭和四四年一月一五日から支払ずみまで日歩金四銭の割合による損害金請求権を有する。(2)控訴人基双は昭和四二年六月三〇日被控訴人との間において相互銀行取引契約を結び、同取引契約により当時負担し将来負担することのある債務を担保するため、控訴人喜多実子及び同基双は被控訴人に対し、その各所有する本件土地及び第一建物につき根抵当権を設定し、前同出張所同年七月六日受付第四五一〇号をもって根抵当権設定登記を経由した。右根抵当権の元本極度額は、当初金三五〇万円であったが、昭和四三年四月三日金二、三五〇万円に、同年九月二八日金二、六五〇万円に変更契約がなされ、前者につき昭和四三年四月二〇日受付第三〇七二号をもって、後者につき同年九月三〇日受付第七一〇六号をもって根抵当権変更登記を経由した。また控訴人基双は同年四月三日被控訴人に対し右債務の追加担保としてその所有の第二建物に根抵当権を設定し、前同出張所同月二〇日受付第三〇七三号をもって根抵当権設定登記を経由した。ところで被控訴人は控訴人基双に対し、(イ)昭和四一年一〇月一四日金二、〇〇〇万円を、同年一一月一五日より毎月一五日限り金五〇万円宛分割弁済する約定で、(ロ)昭和四三年六月一二日金二、〇〇〇万円を、弁済期昭和四四年六月三〇日、利息日歩二銭七厘、毎月五日に翌月分の利息を支払う約定でそれぞれ貸渡した。そして右両貸付けについては、元本または利息の支払を一回でも遅滞したときは全債務について期限の利益を失い、日歩金四銭の割合による損害金を支払う旨約した。しかるに、控訴人基双は、(イ)の貸付については昭和四三年一一月一五日以降の分割金の支払を、(ロ)の貸付については同月五日以降の利息金の支払をいずれも履行しない。よって両貸付金とも期限の利益を失い、被控訴人は控訴人基双に対し、(イ)の貸付残元金六五〇万円及びこれに対する昭和四三年一一月一六日から支払ずみまで日歩金四銭の割合による損害金請求権、(ロ)の貸付金二、〇〇〇万円及びこれに対する同月六日から支払ずみまで日歩金四銭の割合による損害金請求権を有する。以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

三、ところで、民法三九五条に規定する賃借権は登記を経由していることが必要であるところ、これが停止条件付賃借権請求権に基づく仮登記である場合においても、右条件が成就して賃借権の効力が生じ本登記がなされた場合に抵当権者に損害を及ぼすものであることが明らかであるときは、その本登記前といえども抵当権者は賃借権の解除を請求しうるものと解する(大判昭和一〇年四月二五日民集一四巻六九三頁)。そこで、本件短期賃借権が被控訴人の本件土地、第一建物、第二建物に対する前記各根抵当権を害するものであるか否かについて判断する。

前掲甲第七号証、公文書であるから成立が認められる甲第八号証の一ないし六、弁論の全趣旨により成立が認められる甲第一〇号証の二、原審証人江口六合雄、当審証人草野肇雄の各証言、原審における鑑定人草野肇雄の鑑定の結果によると、昭和四六年一二月一日当時における本件土地、第一建物、第二建物の価額は、短期賃貸借のない場合は合計金七、七七六万七、〇〇〇円、これがある場合は合計金五、〇五四万八、〇〇〇円であるところ(右鑑定の結果は、必ずしも合理的根拠を欠くとはいえない)、被控訴人は大津地方裁判所に対し、控訴人基双に対する前示認定(2)の(イ)、(ロ)の各債権を原因として、本件土地、第一建物、第二建物に対する前示認定の根抵当権に基づき不動産競売の申立を付し、同裁判所は昭和四四年一〇月二四日不動産競売手続開始決定(同裁判所昭和四四年(ケ)第四四号)をなし、鑑定人沢井捨吉の昭和四五年二月九日付の右各物件の価額を合計金七、二五五万円とする鑑定評価手続を経たうえ、昭和四五年一〇月二一日の競売期日において右各物件を一括して最低競売価額を金七、二三一万円と定めて競売期日を開いたが、競落するに至らず、その後同年一一月二〇日金六、八七〇万円、同年一二月一五日金六、一八三万円、昭和四六年一月二〇日金五、八七五万円、同年二月一七日金五、五八一万円、同年四月五日金五、三〇六万円と最低競売価額を低減して競売期日を重ねたが、競落されなかったこと、一方被控訴人においても昭和四五年二月頃から右各物件の買手を探すべく努力したが、登記簿上本件賃借権設定仮登記が経由されていることから、買受け希望者は買受けることをちゆうちよし買受けの話は立消えとなったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

控訴人笹川興産は、本件土地の価額は金五、〇〇〇万円、第一建物、第二建物の価額は金七、〇〇〇万円を下らないと主張するが、前示認定事実に照らし採用できない。そして被控訴人の控訴人基双に対する前示認定の各債権につき、その各損害金算出の期間を本件口頭弁論終結日である昭和四八年二月二二日(記録上明らかである。)までとして計算すると、前示認定(1)の債権は元金三、二七四万七、六三〇円、損害金一、九六三万五、四〇一円(一、四九九日間)、同(2)(イ)の債権は元金六五〇万円、損害金四〇五万三、四〇〇円(一、五五九日間)、同(2)(ロ)の債権は元金二、〇〇〇万円、損害金一、二五五万二、〇〇〇円(一、五六九日間)、合計金九、五四八万八、四三一円となることが計算上明らかであるところ、前示認定のとおり昭和四六年四月五日の競売期日における最低競売価額を金五、三〇六万円に低減しても競落するに至らなかったもので、右価額は被控訴人の前示債権元金総額金五、九二四万七、六三〇円を下廻り、前示認定の競売手続において債権全額の弁済を受け得られないことが明白である。そして、本件各物件の最低競売価額が右にみるように低下したのは、本件賃借権の設定にあること前示認定事実に徴し認められるところであるから、本件賃借権の設定が根抵当権者である被控訴人に損害を及ぼすものであるというべきである。

控訴人笹川興産同山本憲一は、民法三九五条但書にいう損害を及ぼすとは、詐害的意図のもとに賃借権を設定した場合に限るものと主張するが、同条をこのように解すべき根拠はなく、独自の見解に基づくものであって採用できない。

四、よって民法三九五条但書により本件各賃貸借を解除し、右解除の判決確定を条件として控訴人笹川興産に対し原判決添付登記目録記載の各登記の抹消を命じた原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浮田茂男 裁判官 中島誠二 宮地英雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例